2点差で消えた「攻撃する勇気」――富山戦で見えた横浜FCの次の壁

富山の攻撃を受ける横浜FCのゴール前 横浜FCノート

3得点した。

アウェイで3-1までリードを広げた。

それでも、横浜FCは勝点3を持ち帰ることができませんでした。

富山戦を結果だけで振り返れば、3-3。

2点のリードを追いつかれた試合です。

ただ、須藤大輔監督の試合後の言葉を追っていくと、問題にしていたのは「3失点したこと」だけではないように思えます。

「やはり4点目を取りに行く、5点目を取りに行くんだ」

3-1で勝っているチームの監督から出てきた言葉です。

なぜ、守ることではなく、さらに点を取りに行くことだったのでしょうか。

そこには、これまで須藤監督が繰り返してきたものと同じ線が見える気がします。

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この記事を書いた人|たつ

横浜FCを1999年から応援しているサポーター。

試合を追いながら感じたことを記事にしています。
戦術・採点ではなく、試合の違和感や変化、クラブを追う楽しさをサポーター目線で伝えています。

3-1から変わった試合

須藤監督は、この日のテーマを「攻撃的にやること」だったと振り返っています。

前半に2点を奪い、1点を返されても、さらに3点目を取った。

ここまでは監督も「本当に良い形で進められていた」と話しています。

問題は、そのあとでした。

3-1。

2点差になったことで富山は前がかりになり、会場の雰囲気も押せ押せになっていきます。

そこで横浜FCに起きた変化を、須藤監督はこう表現しました。

「自分たちから少し、ボールの出口が縮まったり、チャレンジする勇気が削がれたように思いました」

相手が前に出てくれば、その背後にはスペースができます。

本来なら、そこを使うこともできたはずです。

ところが、横浜FCはその状況を利用する側ではなく、富山の勢いを受ける側になっていきました。

2点リードしている。

だから無理をする必要はない。

そんな考え方もできる状況だったと思います。

しかし須藤監督が求めていたのは、そこで試合のやり方を変えることではありませんでした。

攻撃が止まった

後半、横浜FCの足が止まっていったことについて、須藤監督は一つの理由を挙げています。

「やはり攻撃ですよね」

印象に残る言葉でした。

押し込まれたから疲れた。

走らされたから足が止まった。

もちろん、それもあったのでしょう。

ただ監督は、その前に自分たちがボールを失い続け、守備一辺倒になってしまったことを見ています。

自分たちがボールを動かせば、富山はそのボールを追わなければいけません。

ボールを受ける。

ボールを回す。

相手が食いついてきたら、その背後を取る。

それができれば、自分たちが休む時間を作ることもできるし、相手に守備をさせることもできます。

前節に向けたコメントで須藤監督が話していた「攻撃で守る」。

富山戦では、その反対側が見えたように感じました。

攻撃できなくなったことで相手の攻撃をまともに受け続け、さらに自分たちが苦しくなっていった。

「攻撃で守る」という言葉が、実際の試合の中でどういう意味を持つのか。

皮肉にも、それができなくなった時間から見えてきました。

「怖さ」が生んだもの

なぜ、それまでできていたことができなくなったのでしょうか。

須藤監督は「怖さ」に触れています。

「キーパスを入れたところを相手に前向きに奪われることが怖くなったのかな」

そして山田康太選手も、別の場所から同じような感覚を語っています。

山田選手は、前から相手を捕まえに行きたかった。

しかし、最終ラインは思うように上がってこなかった。

試合中には「なんで来てくれないんだ?」と思っていたそうです。

一方で、映像を見返したあとにはこうも話しています。

「実際に一番後ろにいたら怖いだろうし」

富山は前に選手を残し、流動的に動きながら背後を狙っていました。

前から行けば、その背後を使われるかもしれない。

ボールをつなげば、奪われるかもしれない。

3-1というリードを持っているからこそ、失うことへの怖さも生まれたのかもしれません。

前は行きたい。

後ろは背後を警戒する。

その二つが揃わなければ、間に大きなスペースができます。

山田選手と小倉陽太選手たち中盤の選手が、その広い範囲を見ることになりました。

ここで興味深いのは、須藤監督も山田選手も、単純に「もっと守ればよかった」とは考えていないことです。

むしろ逆でした。

怖くなったときに、もう一度前へ行けるか。

そこが問われています。

ピッチの中の混乱

終盤について、山田選手はさらに踏み込んだ言葉を残しています。

「正直、(ピッチの)中は混乱していた」

小倉選手が足をつり、選手の配置も変わっていきました。

1トップをどうするのか。

アダイウトン選手はどこに入るのか。

横山暁之選手と山田選手はどう並ぶのか。

ベンチからの意図と、ピッチの中にいる選手たちの判断が、うまく噛み合っていなかったようです。

山田選手は、それを誰かの責任にはしていません。

むしろ途中から入った自分が中央にいたのだから、もっと周囲に伝えるべきだったと振り返っています。

分からなければ、プレーが切れたところでベンチに「どうするの?」と要求するべきだった。

そして、

と話しています。

ここは、最後の失点そのもの以上に気になりました。

苦しくなったとき、チームとして何をするのか。

その答えを全員が共有できなくなったとき、「何となく」が生まれる。

試合終盤だから仕方がない、では済ませたくない部分なのでしょう。

元気なときだけではない

山田選手のコメントには、もう一つ印象に残った言葉があります。

「自分たちは元気なときはそれができる」

前半の横浜FCは3点を取りました。

個人の力も出ていました。

それでも山田選手は、ベンチから見て「チームとしてはそれほどうまくいってなかった」と感じていたそうです。

そして後半、選手たちの運動量が落ちてくると、誰かがボールをキープする、誰かが相手を剥がすといった個人のプレーがなければ時間を作れなくなっていった。

ここで思い出すのが、これまで須藤監督の言葉を追う中で何度も出てきた「再現性」です。

できるかどうかだけではない。

次でもできるか。

何度でもできるか。

そして今回、新しく加わったのは、

苦しいときでもできるか。

なのかもしれません。

前半ならできる。

体力があればできる。

相手に勢いがなければできる。

それだけでは、長いシーズンを通して使えるものにはならないのでしょう。

2点リードしている。

相手が前がかりになっている。

会場の空気も相手を後押ししている。

自分たちの足も苦しくなっている。

そんなときでも、ボールを受ける。

前から奪いに行く。

相手が食いつけば背後を取る。

それを選び続けられるか。

富山戦で見えたのは、横浜FCが次に越えなければならないものだったのかもしれません。

4点目を取りに行く

須藤監督は「サッカーは2点差が一番危ない」と話しました。

そのうえで出てきた答えが、「4点目を取りに行く、5点目を取りに行く」でした。

もちろん、いつでも人数をかけて攻め続ければいい、という意味ではないと思います。

ボールを受ける。

ボールを動かす。

前から奪いに行く。

相手が出てくれば、その背後を使う。

自分たちがやろうとしていることを、勝っているからといって手放さない。

その先に4点目がある。

そして、それ自体が相手の攻撃を抑えることにもつながっていく。

山田選手も「ただ引いて、取ったボールをとにかく前に送って」というサッカーではないところを目指していると話しています。

3-1を3-1のまま終わらせるためにも、4-1を目指す。

一見すると矛盾しているようで、須藤監督が描いているサッカーでは同じ方向を向いているのでしょう。

富山戦では勝点1を持ち帰りました。

同時に、須藤監督の言葉を借りれば「勝点2を失った」試合でもあります。

ただ、その2点をどこで失ったのかは、かなりはっきりしています。

守り切れなかったから、守り方だけを考えるのではない。

苦しいときにも攻撃する。

苦しいときにも前へ出る。

そして、勝っているときにも自分たちのサッカーをやめない。

次に同じような2点差を迎えたとき、横浜FCはどう振る舞うのか。

富山戦の3-3は、その時間を見るための一つの基準になりそうです。

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